2011年1月31日月曜日

極寒

 昨日はソウルで零下13度。風も強く、露出している耳、鼻、目、口と穴のあいている部位すべてが痛い。ポケットに手袋をして歩かないと、指先まで痛く感じる。

 仁川空港からは昨年12月末に開通した空港鉄道でソウルまで43分で到着した
 車内はガラガラで、指定席なので乗務員に確認したら「空席が多いから、どこにでも座ってくれ」といわれた。後ほどわかったのだが、仁川‐ソウル直行便の運賃が13,300ウォン、数駅停車する一般便が3,700ウォンと直行便が約4倍近い差となっていた。


宿は昨年見つけた格安ホテル(旅館?)で、交通の便がいい鐘路にあり、一泊25,000ウォンなので日本円で約2,000円である。朝は食パンとインスタントコーヒーが無料であり、しかも日本への電話も無料である。
 老朽化しているがバス・トイレも、テレビ冷蔵庫もあり、韓国では寝るだけの生活なので私にはもってこいである。
 極寒の韓国は初めてなので、カイロも靴下に貼るのを使ってみたが、夕方になると効果が薄れていく。
 唯一の利点は、酔いの覚めるのが早いことである。焼酎とビールの「爆弾酒」でできあがって、店を出た瞬間に体内のアルコールが凍りつくのか、解毒作用が早まるようである。
 日本の寒さがうらやましい。
 

2011年1月29日土曜日

韓国出張

 明日韓国での2次入試があり、今日出発する。
 今年はソウルで零下20度まで下がり、電力消費削減のためデパートも18度設定を義務付けられ、違反した場合には罰金という厳しさである。
 着膨れ状態で行くしかない。
 今回は時間を見つけ出して、韓国の劇場で映画を見たい。10数回以上韓国に行ったが今まで映画館に行ったのは1回だけである。日本と比べると料金も安く、だいたい7~800円程度だ。
 さぁ、時間なので出発することにする。
 

2011年1月28日金曜日

「夢、出会い、感謝」

 表題は京谷和幸、40歳の言葉である。Jリーグ発足時の1993年にジェフ市原の選手として活躍していたが、その6ヶ月後に交通事故による下半身不随で車椅子生活に入る。
 その後車いすバスケットと出会い、シドニー・アテネ・北京パラリンピックの日本代表選手として3大会連続出場を果たす。
 昨日、学校支援者の会社で講演会があり、参加した。
  天才プレーヤーとして自他ともに認められていた彼が、絶望の淵からどのように這いあがったのかという話だが、妻の存在を抜きにしては語れない。
 冒頭に「私の話を聞かれたら、私より妻に会いたがることになり、そして皆さんは妻を大事にするでしょう」とおっしゃっていたが、まさしくその通りで、2009年にはこの夫婦の物語を軸に映画「パラレル」が上映された。
 講演終了後、自問自答した。「自分の苦悩と葛藤は妻により解消・軽減されたことはあったが、妻のそれは自分の存在と役割でどうだったのか」と。
 昨年の講師は世界七大陸最高峰の単独無酸素登頂に挑戦し、それを自らカメラ撮影しながらインターネット生中継をしている栗城史多氏だった。
 企業の自己啓発型研修講演ではあるが、昨年に続き人選が素晴らしい。
 

 

2011年1月27日木曜日

共存共栄

 神戸で税理士をしている後輩と一緒に某大手塾の社長にお会いした。
 塾の講師からスタートして30数年、数年前にはナスダック上場を果たされた。
 そして、昨年は大阪市内の高校を買収し、理事長として教育事業に奔走されている。
 学校の立ち上げ時から貴重で手厳しいアドバイスをいただき、いつもお会いすると身を引き締まるような話をしていただける。
 まず、相手の話を肯定しながらも、自らの主張でじわっと間違いを気づかせたり、深めたり、広げたりと縦横無尽な話術というか、哲学的思考にはいつも魅了される。
 これからどのようなコラボができ、そして「ウィンウィン」の関係が構築できるのか、楽しみである。
 
 
 

 

2011年1月26日水曜日

死闘

 ワンサイドゲームではないと思っていたが、素晴らしい試合だった。
 最後のPK戦は運と気合なので、仕方ない。
 冷静に見れば、やはり日本の決定的局面が多いような気がした。
 韓国は若手を中心にして、これから経験を積んで行けば、日本以上に強いチームとなる可能性を感じた。
 18歳のソン・フンミン、21歳のク・チャチョルは注目株である。
 個人的にはパク・チソンの最後の代表試合でもあり、また100試合目でもあったので、有終の美を飾ってほしかった。
 パク・チソンの父は息子の身長を伸ばすために、会社員をやめ、肉屋さんを始めたのだが、一番いい肉を息子に与え続けたばかりにすぐに店を閉めることになったことは彼の自叙伝に記されていた。身長はそんなに伸びなかったが、彼のずば抜けたボディバランスは父親の涙ぐましい努力のおかげかもしれない。
 一方、オーストラリアはウズベキスタンを6-0の大差で下し、決勝進出した。
 決勝戦は日本を応援しよう。
 
 
 
 

2011年1月25日火曜日

「息もできない(韓国名:똥파리」

 昨夜京都で学園理事でもある寺脇研さんと会食した。
 元文科省審議官で、現在は京都造形芸術大学の教授である。もちろん専門は教育であるが、それ以上に「映画」への造詣が深く、韓国映画はほとんど見ておられる。そういうことも幸いしたのか、大学では教育論ではなくて映画論を教えている。
 1日に4~5本を劇場で観る日もあるらしく、全くそれが苦痛ではないというのでさすがプロである。
 昨日初めて知ったのだが、韓国映画の「息もできない」が「キネマ旬報ベストテン」と「毎日映画コンクール」で外国映画ベストワンに選ばれた。
 昨年、劇場に足を運んで直接見て、感動というか衝撃を受けた映画だけに嬉しい。
 その映画の監督でもあり、また主演でもあるヤン・イッチュン氏が最も影響を受けたのが、日本の映画であり、とりわけ東映のやくざ映画に惚れ込んでいたらしい。
 寺脇さんが彼に50本近い日本映画をせっせと送っていたことも同時に知った。
 日・韓の文化交流と人的ネットワークの深さを改めて実感した。
 
 
  


 

2011年1月24日月曜日

ダブル勝利

 土曜日の夜は韓国とイラン戦が延長のため、朝の4時ごろまでテレビ観戦した。
 延長戦で目の覚めるようなシュートで韓国が1点をもぎ取り、25日の午後10時から対日本戦となる。
 正直、韓国が今の日本に勝てる可能性は低い気がするが、サッカーは実力通りの結果が伴わない場合が多いので楽しみだ。
 そして日曜日は眠たい目をこすりながら、昼から、「大阪市長杯」の2回戦に進出した小学校のサッカー試合を観戦した。
 長男はクラブチームがメインなので、小学校のサッカー部の練習にほとんど参加できず、日程があえば「助っ人」で飛び入りするという状況である。
 試合は2対1で勝利して、3回戦進出の運びとなった。
 韓国も小学校も勝ってサッカーの勝利に酔いしれた2日間であった。
 そしてしっかり1週間の練習不足を補うだけの、走りこみもみっちりおこなって、心地よい筋肉痛で目覚めた月曜の朝である。